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2019年9月 2日 (月)

2019年8月18日(日)主日礼拝説教概要

説教タイトル:「悪から身を守れ」

説教テキスト:ネヘミヤ71節〜73節(1節~6節)

 

初めに

あおり運転から身を守る方法がネットで紹介されていた。あおり運転をされた場合、ハザードランプを道路の左側に停車させる。これで相手の70パーセントは逃げていく。相手が車から降りて、自分の車に近寄ってきた場合には、自分の車のカギは必ずロックし、窓は決死して開けない。相手と目を合わせてもいけない。これで自分の身の安全を確保できる。相手と話してもまともに話し合うことはできないと思った方がよい。その次には警察に電話をし、警察が到着するまで静かに待ち、警察に対応してもらうこと。

今朝のテキストでネヘミヤは悪と真っ向から立ち向かっているのではなく、悪から身を守ることをしている。

 

  • エルサレムを治める者を任命

城壁は城壁に門に扉をつけることで完成した。しかし門をつけただけではエルサレムの治安を守ることにはならない。ネヘミヤは町を守るために民を組織化していく。城壁で防備の司令塔の役割を果たした門は北の門。その門の管理が任せられたのはハナニとハナニヤ。彼らはネヘミヤによって任命された。彼らが選ばれた理由は、彼らが忠信であり、神を恐れる者であったから。ネヘミヤはエルサレムの治安を守るリーダーを選ぶ時に、屈強なプロレスラーの様な者を選ぶことをせず、神に対して忠信であり、神を恐れる者を選んだ。ネヘミヤは神に熱心なリーダーによってエルサレムの治安が守られることを願っていた。選ばれた2人は開門と閉門の時間を短くした。通常、門の開閉時間は日が昇ってから日が沈むまで。しかし二人は日がかなり高くなってから開門し、開門している時間を短くした。その理由は城壁内の住民が活動できる状態になってから開門し、住民全員で敵からの攻撃に備えた。また選ばれた2人は、番兵を城壁内の要所〃に立てて警備を強化した。

 

  • 住民の名簿を調べる(系図を記載する)

この事を行った後に、神はネヘミヤに住民の名簿を調べる思いを与えて下さった。彼は、尊い人々、つかさ、民を用いて住民の名簿を調べさせた。(78~)のリストはエズラ2章の帰還者リストとほぼ同じもの。ローマ帝国は属州に対して住民登録をし、登録された住民から税金を取り、彼らを他国との戦争に駆り出した。ダビデは住民登録をする際に不純な動機でそれを実行し、神から裁きを受けた。住民登録自体は罪ではない。神はそれをどんな動機で行っているのかを見られるお方。ネヘミヤの動機は城壁内に神を礼拝する共同体を形成するため。ネヘミヤが城壁を完成させた時、ユダヤ州に住むエルサレムの民は約5万~10万といわれている。城壁の広さに対して警備の数が圧倒的に少ないので、住民登録した者の中から民を城壁内に移動させるため。それは11章で行われている。ネヘミヤは総督として、ハナニとハナニヤと共にエルサレム共同体の治安と行政の仕事を担っていた。どのような町づくりをするのかということは彼らの手によって勧められていった。8章になるとエズラが登場し、民は広場に集まり律法を朗読することをしている。アズラは民が礼拝する民として生きるために、神の律法を教えるリーダーたちをユダヤ州に派遣し、民に神の言葉を教えていった。ネヘミヤとエズラの働きは異なっているが、二人の働きによってイスラエルは神を礼拝する共同体として建て上げられていった。

 

終わりに

・「悪から身を守れ」を見てきた。この地上で悪の勢力から最も攻撃を受けるコミニティは教会。何故なら教会は神の働きをしているから。悪魔は何とかして神の働きを阻止しようと攻撃をしかけてくる。(エペソ6:11)には「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。」と書かれている。

今朝聖書箇所での神の働きはネヘミヤから始まっている。もしネヘミヤが総督のとして働くことがなければ、エルサレムは敵からの攻撃をまともに受けていた。彼が総督の働きをなしていったので、エルサレムは神を礼拝する共同体として建て上げられていった。牧師が牧師本来の働きをすることによって神の教会は悪から守られていく。故に、教会員は牧師のために最低5分祈って欲しい。これが1つの勧め。

2つ目の勧めは、何か大切な事を任せられる人になって欲しい。ネヘミヤはエルサレムの治安をハナニとハナニヤに任せた。また彼は住民登録を尊い人々とつかさおよび民を用いて行っていった。ネヘミヤはなんでもかんでも一人で行うリーダーではなかった。良いリーダーは任せることができるリーダー。誰でもリーダーになることはできる。全ての人に機会が与えられている。しかし神の様に対する情熱を持ち、積極的に奉仕をする信仰がなければリーダーになることはできない。またいつも教会の側にいなければ大切な事を任せることはできない。職場で大切な働きを担っている様に、教会でも大切な働きを担う者となって欲しい。

 

 

 

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