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2020年1月 5日 (日)

2020年1月5日(日)新年礼拝説教概要

説教題目: 「オネシモを受け止めて」

説教箇所:ピレモンへの手紙1章1節~25

 

初めに

ベストキットという空手の映画がある。ストーリーは空手を通して少年の成長が描かれている。リアル世代でベストキットを見ていた時、自分にもミヤギのような大人がいて、人生を導いてくれたら良いと思ったものだ。人生は良き人で出会うことによって変えられる。逃亡奴隷オネシモはパウロと出会って変えられた。

 

  • オネシモを受け止めたパウロ

パウロはエフェソ、カイサリア、ローマで獄中生活を送った。彼の獄中生活は監禁ではなく軟禁であり、ある程度の自由が認められていた。ローマでの獄中生活をしている時に、逃亡奴隷オネシモと同室になった。彼から話を聞いてみると、コロサイのピレモンに仕えていた奴隷であり、主人の財産を盗んで、国際都市ローマまで逃げてきた。ピレモンはパウロによってイエス・キリストに導かれた者、パウロによって洗礼を授けられた者、彼らの関係は師弟関係であった。パウロは獄中でオネシモにイエス・キリストを伝え、彼はイエスを信じた。また彼はパウロの身の回りを世話する者となった。そこにはパウロの愛の働きがあった。パウロは自分を監視するローマ兵に頼みこんで、オネシモを側に置くように頼んだのである。また彼に自分を世話させる中で、信仰に関するありとあらゆることを教えていった。オネシモにしてみたら、主人ピレモンのさらに主人であるパウロに仕えることになった訳である。彼はその中で、パウロからお褒めの言葉を頂く主の弟子へと変えられていった。パウロは彼のことを手紙の中で、「有益な者」「私の心」「自分と同様な者」と呼んでいる。オネシモの名前は「有益な」という意味である。以前の彼は、名前とは正反対の無益な者であったのだが、有益な者に変えられた。(コロサイ49)ではパウロはコロサイ教会のメンバーにオネシモを「忠実な愛する兄弟オネシモ」と紹介している。当時、逃亡奴隷は主人によって死刑にすることが許されていた。しかもオネシモは逃亡だけではなく窃盗の罪も犯していた。彼は既に転落人生を歩んでいた。誰も彼の転落に歯止めるかけることはできなかった。しかし神に遣わされたパウロが牢獄でオネシモを受け取り、彼の転落にストップをかけた。

 

  • オネシモを受け止めるピレモン

オネシモは霊的に新しく生まれ変わり、訓練を受けて主の働き人として成長していた。それはパウロが彼を生み、育てた結果である。その状態でオネシモが社会の中で生きていくためには、もう1つクリアーすべきことがあった。それはピレモンが彼を受け取ること。彼は逃亡奴隷であり、ピレモンの所有人であるので、パウロは彼をピレモンに送り返した。その際に、ピレモンがオネシモをどのように受け取るのかを教えている。それはオネシモを愛する兄弟として受けとること。(1:16)「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上のもの、愛する兄弟としてである。」 彼は変えらたの状態で送り返されてくる。彼の履歴書は、彼が書いたものではない。ピレモンが敬愛する師匠パウロ先生が書いたもの。ピレモンの頭の中には以前のオネシモの状態が残っていたはずである。しかし彼はパウロが書いたオネシモの履歴書をそのまま受け取る必要があった。さらにピレモンはオネシモが送り返されてくることに関して、彼に注がれた神の御業を認める必要があったはず。自分を裏切り、ローマまで逃げた奴隷が、パウロと出会い、回心し、愛する兄弟として戻ってくるのだ。それは神の奇跡以外の何物でもない。またパウロ先生は、彼が主人にかけた損害は全ての自分が背負うと言っている。パウロは自分の財産が失われても良い覚悟で、彼を推薦している。パウロの推薦状は、良きサマリヤ人が宿屋に言ったことと同じ。彼はパウロに愛された者として推薦されている。パウロの推薦状故に、ピレモンは彼を受け入れたはず。また彼はピレモンに仕える中で、パウロが言う通りの人物であることを彼に証明していったはず。彼の良い評判は、ピレモンによって、その地域と教会に広められていった。彼はピレモンに受け入れられる中で、地域社会で生き生きと生きることができたはず。

 

終わりに

「オネシモを受け止めて」を見てきた。もしオネシモがパウロにもピレモンにも受け入れなれなかったならば、どうなっていたか想像して欲しい。かつて逃亡した奴隷を雇うような雇い主はいないはずだ。そうするとオネシモは職に就けなくなり、衣食住に困り、犯罪に手を染めるようになるはずだ。その先は牢屋暮らしが待っている。人殺しなどの犯罪に手を染めたならば死刑になっていたことだろう。今年の教会の標語は「オネシモ・ミッション」というタイトルをつけた。私たち一人一人がパウロやピレモンのような存在になり、オネシモのような人を生み出していくミッション。

オネシモ・ミッションで大切な事は、ミッションは自分が遣わされた場所で行うこと。パウロは自分が置かれた牢獄の中でミッションを行った。牢獄に送られてきたオネシモにイエスを伝えた。彼は最悪の場所で伝道した。オネシモのような人は私たちが置かれた場所に用意されている。私たちは自分が置かれている場所での人間関係を最大限に生かして、人々にイエスを証し、人々を教会に誘っていくこと。

オネシモ・ミッションで2つ目に大切な事は、神と人に仕える弟子を育てていくこと。パウロは牢獄の中で諸教会を励ます手紙を書き、諸教会のために祈っていた。教会から福音が広がっていくために、教会に仕えていた。彼は教会に仕えることを彼に教えていった。教会に手紙を書くには羊皮紙が必要である。羊皮紙を買うためにはお金が必要である。また教会の状況を知るために、教会に誰かを派遣する必要がある。パウロは外出できない。となるとオネシモがパウロの代わりに働いたことになる。パウロはオネシモに教会の仕え方を手取り足取り教えていったはず。導かれた人はイエスを信じただけでは成長しない、教会に仕える中で成長するのだ。教会に仕えるように導く必要がある。

オネシモ・ミッションで3つ目に大切な事は、導かれた人をチームでフォローすること。パウロはピレモンと共にオネシモを育てる働きをしていった。またパウロはオネシモをピレモンに委ねることができた人。私たちは人を導くのに110までの全ての事をする必要はない。部分的な働きを担っていくのだ。教会は明確な目的を持った1つのチームだ。チームの一員としての役割を果たしていこう。

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